共和モータースには当時の被害を知る者が5名おります。
昭和34年9月26日。
川越町では堤防が決壊し堤防より低い家屋が天井まで水に浸かりました。
胸まである水の中、 物干し竿を両脇に抱え、何人かが連なって非難しました。
母から「帰り道、 死体が有るかもしれないけど、驚かず帰ってきなさい。」と言われました。
台風被害が落ち着いて、 登校したら自宅の被害で多くの同級生が登校できずにいました。
たらい桶に乗り隣の家に移動しました。
朝明川下流の養殖の池があふれ 鯉やうなぎが町中で泳いでいたました。
そんな中 子供達は、 仕方なしに鯉を食料にするため 抱えて帰りました。
あれから50年・・・
私たち、伊勢湾台風を知らない世代はその被害の大きさに驚きます。
今、 もし同じ規模の被害にあったら・・・。
自動車や電気機器が普及したこの現代での水害に、 私たちはどう対処すべきなのでしょうか。
東海沖地震が警戒されていますね。
十分な地震対策や家庭、 会社、仲間との話し合い、
自分自身の心の持ちようを改めて考えるべきだと思いました。